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人にも感染する犬糞線虫
人にも感染する犬糞線虫

時折挟まる気温が低い夜に、なんだか救われた気持ちで家路を辿る日々が続いています。

日中の蒸し暑さと日光の強さにすっかりやられて、ぐったりしていると日が落ちてからふと涼しい風に気がつき、外に出れば冷涼な夜が。

ここ数年忘れていましたが、かつては確かに夏本番を迎える前は、日がしずむと一気に気温がさがる早朝と深夜があったのですよね。

熱帯夜や猛暑日が続きすぎてそんな風に1日の中で気温がぐっと下がり過ごしやすくなる時間帯があることすら忘れかけていました。

夜道を歩きながら、こんな貴重な夜はあと何日あるのだろうと、冷たさを含んだ草の香りを楽しみながら、近づいてくる夏の足音を聞きました。

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さて、前回、マダニの寄生に関してコラムを書かせていただきましたが、その甲斐あってなのか、世情とニュースを反映してなのか、夏の間における予防薬の見直しをされる動物たちが増えてきました。

これはとても良い傾向だと思います。

今までノミ、マダニ予防をしていなかったわんちゃん、猫ちゃんたちが積極的に予防に望むことで、他の子達も守ることができるようになります。

予防は本人だけでなく、公衆衛生の概念としても重要です。

犬糞線虫(Strongyloides stercoralis)とは
犬糞線虫(Strongyloides stercoralis)とは

そんな良い流れの中で非常にショッキングな事件がありましたのでご報告いたします。

先日、初めて当院にいらしていただいた子犬の患者さんがいました。

ペットショップで購入後、まだおうちに引き取ってから二週間ほどということで健診希望でした。

体重を測ると、おうちに来た時のペットショップからの資料にあるよりも減っています。

体格を見ると明らかに痩せていて、規定量のご飯を食べているにもかかわらず背骨が浮いてゴリゴリとしているのです。

少しこの時点でおかしいな?と思いました。

普通、ご家庭に来た動物たちはしっかり食べていれば驚くほどの速度で体重が増えるものです。

そうでない場合は、飼い主さんたちが食欲不振で来院されるので、すぐ異常に気づくことができます。

しかし、ご飯の量は適切なのに体重が増えないとは、これいかに。

こういう時は…

「検便しましょう!」

ちなみに持参されたペットショップからの資料には検便の記載がありませんでした。

この時点では下痢でもなかったのですが、なんとなく嫌な予感がして、念のためウンチを持って来てもらうことにしました。

すると!顕微鏡内で大事件が発覚!

なんと犬糞線虫が大量にスライドガラスの中で泳いでいたのです!

この犬糞線虫、実は消化管内寄生虫の中ではかなりレアな存在で、大学の授業でお目にかかった以外で、わたしが出会うのは2回目です。

1回目はまだ新卒の時に、千葉の動物病院で、山の中のおうちで放し飼いにされていたワンちゃんの検便で発見、でも全スライドグラスの中で一匹だけ。

あまりにもレアなので、もしかしたら違うかもしれないと、同じ便で繰り返し検便しましたが、その時は最初の一匹以外見つけることができませんでした。

しかし、今回の検便では一視野中になんと三匹も。

当然他の視野も含めると相当数の虫が検出されたので、濃厚感染していることは間違いありません。

「これが体重減少の原因だ!」

コラムを読んでらっしゃる方でも、回虫や条虫(サナダムシ)、コアなところで、鞭虫については聞いたことがあるかもしれませんね。

でも、犬糞線虫って聞いたことがないのではないでしょうか?

犬糞線虫(Strongyloides stercoralis)

なんと犬だけでなく人にも感染するというのがまた恐ろしい虫です。

前に述べた虫たちが卵の形で検便で見つかるのに対し、犬糞線虫はその生活環から細長い糸のような姿で見つかります。

体長およそ0.3mmの第一期幼虫(ラブディティス型幼虫)と呼ばれる形態です。

ですから感染していれば、検便で見つからないことはなく、元気にうねうねと体を動かしながら便の中を泳いでいる姿を見ることができます。

なかなかのインパクトです。

ちなみに血液の中でうねうねと同じように泳ぐものが、みなさんご存知のフィラリア(犬糸状虫)です。こちらは採血で見つかりますね。

犬糞線虫はこのフィラリアと同じ、線虫類に分類される寄生虫です。

便中に排泄後、強い感染力をもつフィラリア型幼虫となります。このフィラリア型というのは糸のように細い虫の形、ぐらいの意味です。この幼虫による経口感染(なんらかの形で口から入る感染)と、運動性の幼虫が体の表面から直接体内に入る経皮、粘膜感染があります。

実はかなりこの経皮、粘膜感染の感染力が強く、フィラリア型幼虫に汚染された犬舎や土壌に触れるだけで容易に感染します。

なんとすでに感染している犬の自分自身の大腸にある便から再度粘膜感染を受けるほどだそうです。

一緒に生活している犬だけでなく、人にも容易に感染するリスクがあるということです。

また、授乳期の母犬から仔犬への経乳感染も見られます。

通常は感染して小腸粘膜に寄生し、そこで成熟、繁殖します。都市部ではほとんど診断することのない寄生虫であり、室内外の成犬で糞線虫の診断をすることはほぼありません。初めて見つけた時に繰り返し検査をしたのはこういう事情があるからです。

今回、あまりにも大量に見つけたことで私自身がかなり驚きました。

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ただ非衛生的な環境の悪い密飼いのブリーダーや保護シェルターの犬舎でしばしば見られ、地方の動物管理センターからの保護犬などに稀に見られることがあるそうです。

無症状のこともありますが、軟便や下痢など消化器症状が見られることが多く、粘液や血液を含む下痢を起こします。免疫力に問題のある犬では重症化しやすく、衰弱したり亡くなる場合もあります。

発見が遅れ、長い間治療されなかったり、環境の悪さにより大量に寄生された場合に、消化管から移動した糞線虫が肺を貫通して寄生虫性肺炎を起こすことがあります。これには呼吸器症状を伴います。

これは回虫など他の線虫でも見られる症状で、早期発見と駆虫が大切な理由です。

線虫駆虫薬のフェンベンダゾール、フィラリア予防薬として知られているイベルメクチンなどを使い治療します。

寄生量にもよりますがきちんと服用すれば早期に駆虫効果が得られます。

ただし環境が汚染されていて再感染する可能性もあるので、しばらく治療を継続する場合もあります。

現在ほとんど室内飼育の成犬に糞線虫をはじめとした線虫類が見られないのは、このフィラリア予防薬として使われるイベルメクチンが、消化管内線虫類全部をやっつけてくれているからなのではないかな?とも思います。

おそるべき感染力
おそるべき感染力

犬糞線虫のみならず、寄生虫関係は基本的に感染を早く見つけ、早期に駆虫することが肝心です。

今回は運良く検便でみつかり、駆虫も速やかに住んで飼い主さんへの感染などは見られませんでしたが、それはただのラッキーだったのだと思います。

というのもこの話を先の獣医師会でしたところ、なんと他の病院でも同時期に二件も糞線虫がみつかったということがわかったからです。

どちらも子犬、しかもなんと同じペットショップで購入された個体だということもわかりました。糞線虫のおそろしい感染力を目の当たりにし、正直ゾッとしました。

また今回感染が見つかった犬たちは全部で三頭ですが、例えばその犬たちが感染がわかる前にお外でお散歩などをし、排泄をしたりすればその場所は汚染され新たな感染源となるのです。

元はたった三頭の感染でも、その地域で新たな犬たちに感染するリスクは爆発的に高まります。

これはお散歩にいく犬たちだけでなく、普段外出する我々人間の靴裏などに感染幼虫をつけて帰ってくる可能性もあるということです。

私たちが、感染を運ぶ媒介動物になる可能性だってあるのです。

よく「うちの子は感染しないと思った」「外には行かないから平気だと思った」と寄生虫関係を予防されない方がいらっしゃいますが、こういった現状を知らずに無防備でいることは本当に恐ろしいことです。

前回のコラムのマダニのSFTSや今回の糞線虫のように、ほとんどなかった感染症が新興してきている気配があります。それは人の行き来や環境変化や温暖化など様々な原因があるのですが、何にせよ今まで以上に予防を心がける必要があると実感した事件でした。

ちなみに人にはヒトの糞線虫があり、外務省などで海外渡航時に注意喚起が出ております。海外に行かれる方はよろしければ参考にされてください。

人の糞線虫症(Strongyloidiasis)とは

糞線虫症は、糞線虫という寄生虫に寄生されることによってかかる病気で、まれにヒトからヒトへうつることがあります。

汚れた土壌などに直接触ったときに、糞線虫の幼虫が皮膚を貫通して体の中にはいることによりうつります。

最初に、皮膚のかゆみや発赤がおこり、続いて、下痢、腹痛や肺の異常が起こります。免疫機能が低下している場合に治療を行わないと、重症化して死亡することがあります。

駆虫薬を服用し治療します。

主に熱帯や亜熱帯で発生しますが、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアなどの先進国でも感染がおこる場合があります。

2025-07-17

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